中村紀洋 体罰がなくならないのは指導者の意識の問題
部活や運動に打ち込んでいた子どもが肉体的、精神的苦痛を感じて自殺に追い込まれたニュースを見ると胸が痛みます。
野球を教える指導者が、「なぜできないんだ!」と小さな子どもに怒鳴る光景をよく見聞きします。
「こんな簡単なこともできないのか」という思いからイライラする感情を制御できないのでしょう。
ただ、これは根本的におかしな考え方なのです。
子どもは「できなくて当たり前」なのです。
私の学生時代は体罰が当たり前でした。殴られたことは数えきれません。
そのときは殴られることに特に疑問を抱くこともありませんでした。
「そういう時代だったのかな」と思う部分もあります。
ただ、それが正しいとは思いません。
私は「N’s method」(エヌズメソッド)、浜松開誠館高の非常勤コーチで指導に当たっています。
「挨拶をしっかりしなさい」と礼儀作法で注意することはあっても、トレーニングや野球の技術を伝えたときに、
「なぜできないんだ」と怒鳴ることはありませんし、手を上げることも当然ありません。
子どもが委縮しますし、うまくなる可能性の芽を摘むことになるからです。
浜松開誠館高の部員たちにはしんどい練習のときも、私は「笑って! 笑って!」とゲキを飛ばします。
辛いときもあります。でも好きで始めたスポーツを楽しむ気持ちを忘れないでほしい
部活や運動に打ち込んでいた子どもが肉体的、精神的苦痛を感じて自殺に追い込まれたニュースを見ると胸が痛みます。
野球を教える指導者が、「なぜできないんだ!」と小さな子どもに怒鳴る光景をよく見聞きします。
「こんな簡単なこともできないのか」という思いからイライラする感情を制御できないのでしょう。
ただ、これは根本的におかしな考え方なのです。
子どもは「できなくて当たり前」なのです。
私の学生時代は体罰が当たり前でした。殴られたことは数えきれません。
そのときは殴られることに特に疑問を抱くこともありませんでした。
「そういう時代だったのかな」と思う部分もあります。
ただ、それが正しいとは思いません。
私は「N’s method」(エヌズメソッド)、浜松開誠館高の非常勤コーチで指導に当たっています。
「挨拶をしっかりしなさい」と礼儀作法で注意することはあっても、トレーニングや野球の技術を伝えたときに、
「なぜできないんだ」と怒鳴ることはありませんし、手を上げることも当然ありません。
子どもが委縮しますし、うまくなる可能性の芽を摘むことになるからです。
浜松開誠館高の部員たちにはしんどい練習のときも、私は「笑って! 笑って!」とゲキを飛ばします。
辛いときもあります。でも好きで始めたスポーツを楽しむ気持ちを忘れないでほしい
【中村紀洋さん、指導者として目覚める】の続きを読む






